2024年05月11日(土)

~感謝の気持ち~

 私ごとになりますが、このコーナーにも何度か登場した父 英明が、今年2月に亡くなりました。深夜2時過ぎ、お風呂場で倒れている父に母が気づき、2人で必死に抱え上げ「どうか戻ってきて!」と人工呼吸など処置を施しましたが、病院に運ばれてすぐ亡くなりました。84歳、突然のお別れでした。両親は宵っ張りでいつも夜遅くにお風呂に入るので心配して何度も注意をしていたのですが…

 私は葬儀者として働き始めてから25年ほど経ちます。日々出会うお客様の中には、両親と同じくらいの年代の方のご葬儀をお手伝いすることもございます。そんな時いつも思っていたのは、「うちは、2人とも健康で大きな病気をすることもなく、何よりも仲良く生活できているな」と元気な2人に感謝しておりました。この先も、5年、10年、15年と続いていくのだと勝手に想像していました。

 私たちの住まいは神奈川県ですが、「私たち(両親)のことを知ってくれている井口葬儀店、国分寺で葬儀をお願いしたい」との母の希望もあり会社に依頼し、上司に担当していただきました。同僚たちも総出で手厚い葬儀をしていただきました。自分も少しは業務の役に立ちたいと申し出ましたが、上司に「あのお母さんを独りにしないで今は家族で過ごすお父さんとの時間を大切にしなさい」との言葉に心がすっと癒され、通夜葬儀までの5日間を父と母と弟の4人でゆったりと過ごすことができました。葬儀が終わった後も忌引き休暇をいただき本当に感謝しています。

 亡くなって3カ月が過ぎ、無事に四十九日法要も終わりました。母は父との想い出に涙が溢れてしょうがない時や眠れない夜もあるようですが、宵っ張りはやめて毎朝父にお味噌汁を作ってお供えしています。私も毎日卵入りの美味しい味噌汁を父と一緒に頂いてから出勤しています。気晴らしにと友だちと出かけたり、お休みしていたスポーツジムに再び通い始めるなど母なりに少しずつ日常を取り戻そうとしているのかなと感じています。

 大きな喧嘩をしたこともなく、真剣に話し合ったこともなかった私たち親子。育ててもらった恩と、かけがえのない幸せな時間を過ごせた感謝の気持ちを伝えることが出来ないままのお別れとなってしまいましたが、これからも私と弟で母を支え「永松家」としてそれぞれの立場でしっかりと生き続けます。父 英明の生涯に関わって頂いた方、この度の葬儀にご尽力頂いた全ての皆様に心から感謝し、そのご恩に報いることができるよう精進し続けます。

文責:永松英樹