国分寺通信

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~車窓の春光と、思い出の歌~

 窓から差し込む陽光が、少しずつ春の深まりを告げる季節となりました。
 今年、私は父の七回忌を執り行います。父が逝ってから、数えればもう六年。
先日、法要の準備を進めている私の耳に、渡哲也さんの『くちなしの花』が聞こえてきました。

 その曲は、かつて父が運転する車の助手席で、何度も耳にした歌です。カーラジオから曲が流れると、ハンドルを握る父はいつも口ずさんでいたものです。子供の私は「この曲好きなんだな」と、ぼんやりと聞きいていました。しかし、最近ふとした瞬間にあの光景が、懐かしい歌声と共にほっこりとした思い出として蘇ります。当時は何気ない日常の一コマに過ぎなかった時間が、実はどれほどかけがえのない、豊かなものだったのか。 
 失って初めて気づくその重みに、胸の奥が熱くなるのを感じます。葬儀という仕事を通じて、多くの方々の「大切な旅立ち」をお手伝いさせていただいております。遺されたご家族ご友人の方々に遺る思い出は、こうした「ふとした瞬間の記憶」なのだと感じます。

 弊社の企業理念に「人生はすばらしいと感じていただく」という言葉があります。この「すばらしい」という響きの中には、喜びだけでなく、大切な人を失った寂しさや、二度と戻らない時間を愛おしむ切なさも含まれているのではないでしょうか。去りし人が
残してくれた歌、口癖、共に過ごした車内の空気(時間)。それらを慈しみ、心の糧として再び歩き出す。その営みこそが、人間らしく、何物にも代えがたい「すばらしさ」なのだと私は思えてなりません。

 七回忌法要を終えたあと、父が大好きだった馴染みのお蕎麦屋さんへ寄るつもりです。かつて一緒に訪れた時と同じ席で父の気配を感じながら、家族で思い出話を啜る。そんな何気ないひとときを、父もきっと微笑んで見ていることでしょう。
うららかな春の光に包まれながら、今日もお客様の大切な旅立ちに寄り添います。いつか、かの地にて父と再会したとき、「すばらしい人生だったよ」と胸を張って報告できるように。

文責:笹木 幹人

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