国分寺通信 Blog
# 国分寺通信
~42.195キロの先にあるもの~
4月、私は今回で通算6度目となるフルマラソンのスタートラインに立っていました。 結果は、無事完走。目標としていたタイムには届きませんでしたが、これまでの記録を大きく下回るわけでもなく、いわば「現状維持」。42.195キロという距離を前に、手放しで喜べるわけでも、かといって深く肩を落とすわけでもない、そんな結果に終わりました。
毎回、足や体の痛みを抱えながらゴールした瞬間に、真っ先に湧き上がってくるのは「達成感」です。しかし、今回はそれに加え、不思議なほどの「安堵感」がありました。「走りきれた。これでまた次も走り続けられる」と、自然に思えている自分に気づいたのです。
フルマラソンを走ると言うと、周囲からはよく「なぜそんなに苦しい思いをしてまで走るのか」と聞かれます。確かに、30キロを過ぎてからの疲労感は凄まじく、走っている最中に「なぜエントリーしてしまったのか」と自問自答するランナーは少なくないでしょう。それでも私を含め、多くのランナーがこの競技に魅了され、継続し続けるのは、マラソンランナー特有の「中毒性」とも言える強みがあるからではないでしょうか。
その強みとは、ゴールそのものよりも、その「先」を見据える力です。 一大会ごとに訪れる「ゴール」は、一つの区切りに過ぎません。6回挑戦し、6回とも完走できたという事実は、一朝一夕では得られない積み重ねの証明です。タイムという数字に現れる結果も重要ですが、それ以上に「走り続けることをやめない」という継続のプロセスそのものが、自らの自信へと繋がっていくと感じています。
目標に届かなかった悔しさは次への糧になり、現状維持の結果はさらなる地固めの期間へと変わります。この「飽くなき継続性」こそが、仕事においても人生においても、確固たる土台を築く一助となると私は信じています。
次の42.195キロを走り抜いた先に見える景色は、果たしてどんなものなのだろうか。まだ見ぬ景色を求め、私はこれからも走り続けます。
文責:加藤 洋一