大切な人を送る時
沢山の想い出、楽しかったこと、辛かったこと、嬉しかったことかけがえのない人生の宝物が
走馬灯のようにあふれることもあるでしょう

旅立たれた大切な人と
ゆっくりと時間を気にすることなく、日常生活を送りながら
心の痛みを少しでも和らげることができるのでしょうか

私が三十年前に、ご葬儀の世界の扉を開いたころ
弊社では、ほとんどのご葬儀はご自宅でした
そして、時は流れ、斎場で行われるご葬儀が多くなりました

コロナ禍の中で、変化の兆しが見え始めました
愛着のあるご自宅
懐かしい想い出が刻まれている
大切な空間から
親しい方々だけで
心安らかな時間をお過ごしいただき
旅立たれる送り方が増えてまいりました

心を和らげることは出来ないかもしれませんが
選択肢の一つとして
ご自宅でのご葬儀を、ご提案させていただいております

人を送るという生業(なりわい)
(どう)“の域まで高めてまいります
本年もかけがえのない大切な人
100人いれば100通りのお見送りを
一歩一歩着実に目指してまいります

文責:井口 朗

 今年も井口葬儀店餅つき大会は、昨年に続き中止とさせていただきます。
ワクチン接種などの感染予防対策がなされ、徐々に感染は縮小しているように思われます。様々なイベントやスポーツ大会、エンターテイメントの世界も少しずつ活気を取り戻しているように見受けられますが、海外では、新たな変異株が見つかるなど事態は終息に向かっている訳ではなく、国内においてもまだまだ油断は出来ないと言われています。

 皆様のお身体を鑑みれば、中止にすることは当たり前の判断と分かっておりますが、何より皆様にお会いできないことが本当に、寂しいのです。

 いつとお約束出来ませんが、このコロナ禍が終焉を迎え、大手を広げ皆様をお迎えできるようになりました暁には、今迄で一番楽しんでいただける「夏の納涼祭」「冬の餅つき大会」を開催したいと思います。それまで皆様、どうかお元気であられますよう心からお祈り申し上げます。

文責:餅つき大会実行委員会

 「受かりました!」令和3年10月25日は、9月に受験した3級ファイナンシャル・プランニング技能士試験(以下FP3級)の合格発表の日でした。その日は朝から業務が立て込んでおり、お昼頃まで合否の確認ができませんでした。休憩時間となり、受験票を握りしめドキドキしながらパソコンの合否検索ページに受験番号と名前を入力すると、画面に映しだされた「完全合格」の4文字。しみじみと一人静かに合格をかみしめた後、冒頭のように同僚や先輩に報告しました。すると、皆口々に「おめでとう!」と労ってくれました。
 弊社の社長は、社員のスキルアップのために掛かる研修費や受験費用を会社で負担してくれます。業務時間中も仕事の状況に応じて勉強することを認めてくれています。さらに受験日に休みをとれるようにシフト調整してくれるなど、全社をあげてバックアップしてくれます。だからこそ「必ず1回で合格しなければ!」とプレッシャーを感じました。正直、過去問に取り組み始めた頃は全く解けず、投げ出したい気持ちになりました。でもバックアップをしてくれる皆がいる、一人ではないという気持ちと、いい意味でのプレッシャーのおかげで怠け癖のある私が諦めることなく続けられました。解らないながらも続けていくと次第に解けるようになり、最後まで楽しくやりきることが出来ました。
 FP技能士の資格は、葬儀のお仕事には直接必要ないかもしれません。しかし、ご葬儀後には様々な手続きがあり、身近なところでは「相続」や「年金」の手続きなどがあります。今回受験に際し学んだおかげで、以前よりは少し詳しく説明できるようになったと感じています。FP技能士は具体的な手続き処理を行う事が許されない為、最終的には税理士さんや司法書士さんに引き継ぐ事になりますが、その手前までのお手伝いが微力ながら出来ればと考えています。
 その為にも引き続きFPの勉強を続け、タイトルのように来年1月には2級ファイナンシャル・プランニング技能士試験合格を目指します。晴れて合格の暁には担当させていただくお客様にとって少しでも有益な情報を提供でき、「安心」を感じていただける葬儀者になるべく更なる努力を続けていきます。

文責:笹木幹人

 7月23日、東京オリンピックの開会が宣言された。 開催か中止かを散々討論された一大イベントの開幕です。 9年前、東京オリンピックの開催は全国民の悲願だったことをどれだけの人が覚えているでしょう。O.MO.TE.NA.SHIが一世を風靡したあの年は、いまだ東北地震の爪痕生々しく、東京オリンピックの決定は当時明るい未来の希望に思えました。 
 2020年1月未知のウィルスを乗せた船が、あの港に着く日までは・・・。 

 こんな日常が訪れるなんて、誰が想像したことでしょう。 外出の際は全国民がマスクをして、学校や会社はリモートになり、冠婚葬祭は人の密集を避けるため縮小や中止の一途をたどり、1年越しで開催された、東京オリンピック。 厳しい日本の夏の炎天下の中、各国の選手・関係者・メディアの方々は、本来であったらもっとたくさんの日本を見ていただけたことだと思います。外出禁止を敷かれた中、選手村と一角のホテルでの滞在は、さぞ狭苦しく感じたのではないでしょうか・・・。
 その中でも、コンビニのおにぎり、冷凍餃子、送迎バスを見送る日本人の親子、ほんの小さな日本の日常をSNSで喜びと共に世界へ伝えてくれる各国の人々に、私は感謝の思いでいっぱいでした。 

 流れる汗、うれし涙、悔し涙、選手たちの一挙一動にテレビにかじりつく毎日に私の家族は若干あきれ顔でした。逆境といえる中で開催され、今日この日にむけてたゆまぬ努力と準備を積み上げてきた選手たち、一瞬で決まるその集大成。テレビから流れる選手たちの息遣いに手に汗を握りました。しかし沈黙の観客席に目を向けると、涙がこぼれそうになります。本来であれば満客の声援の中に貴ばれたはずの選手なのに・・・。 
 オリンピックの開催には、賛否両論あるところでありましたが、1年延期されたことにより選ばれた選手、逆に選ばれなかった選手、それとはまったく切り離されたところで、選手から感動をもらえたことに感謝を伝えたいと思います。 

 わたくしたち葬儀社も、このコロナ禍の中、人生の集大成を持って旅立たれる故人様をお見送りしていただく職業で、葬儀の執り行いにも賛否両論です。 沈黙の斎場の中、故人を惜しみ静かに涙を流されるご家族ご親族様の一片の後悔のないお見送りのために、この世情の中でも、私たちもたゆまぬ努力と準備をもって、精一杯お力添えをしていこうと心を引き締めさせられたオリンピック・パラリンピックでした。 

文責:佐々木俊巳

 「来年の柿は美味いぞ」――それが、定年後に果樹や野菜を育てるのが趣味となった父の口癖です。十年以上も前に庭の真ん中に植えられた柿は、父が一番心血を注いで育てているもので、今では沢山の大きな実をつける立派な木です。ただ一つ難点を挙げるなら、渋柿でこそないものの実はほのかに渋く、甘味が薄く、決して美味しくないという事です。

 スカスカで甘くない西瓜やメロン、酸っぱい葡萄など、父の失敗談は枚挙に暇がありませんが、小ぶりながら甘い実をたわわに実らせるビワの木だけは、稀に見る成功作でした。お店で買うと結構高いビワですが、我が家では毎年好きなだけ食べられたのです。ある日、父がチェーンソーでビワの木をぶった切るまでは。

 今までビワの木が立っていた所に受粉樹となる新たな柿の苗木を植えて、父は初めて冒頭の台詞を言い放ったのでした。その後、一家は大量の美味しくない柿を前に途方に暮れることとなりました。どうにかして美味しく食べようと、一家総出で干し柿を作ったり、柿を使った料理を色々と試しましたが、ちっともうまくいきません。

 これだけの苦労を経ても、未だに「来年の柿は美味いぞ」と言い続ける父。そんな姿を見て、結実という言葉には単に植物が実を結ぶだけではなく、努力が成果となって表れることをも指すのだと思い至りました。機械設計技術者として研鑽を積んできた父だからこそ、何事も一朝一夕で結実するものではないことを、よく理解しているのかもしれません。

 私自身は、製造業から転職し、早半年。畑違いの業界に未だ戸惑いながら、上司や先輩に教えてもらった仕事や様々な知識を身に着けるのに精いっぱいの毎日です。どんな仕事でも柿の木と同じで、ただ流されるままに日々を過ごしていれば自然に結実するというものではないのでしょう。最初からうまくいくとは限りませんが、少なくとも自ら考え経験したことは、少しずつ身に付いていくはずです。父のように失敗から学び、創意と工夫を繰り返すことで、いつの日か仏壇・仏具マスターとして結実すべく毎日を過ごしていきたいと思います。

 父の努力がいつ結実するのか、それはまだ誰にもわかりません。ただ、願わくば来年こそは美味しい柿が食べたいと思う今日この頃です。

文責:栗原里枝

 新型コロナ感染拡大予防のため、様々なイベントやスポーツ大会が中止となる中、私ども井口葬儀店の「納涼祭」も中止とさせていただくこととなりました。皆様と過ごすはずだった時間がなくなり、とても寂しい気持ちでいっぱいです…

 昨年の井口葬儀店「納涼祭」中止のお知らせの書き出しです。1年たった今も東京には4度目の緊急事態宣言が出され、連日多くの感染者が報告されて、神奈川、埼玉など周辺の地域もまん延防止等重点措置が発令されています。
 楽しみに待っていた東京オリンピック・パラリンピックも規模を縮小し無観客開催される見通しとなりました。また最近ニュースなどで報道されている変異株の影響など不安の種はつきません。このような状況の中では、大変残念でありますが、今年も納涼祭を中止とさせていただくことになりました。

 本来であれば毎年の今頃は、納涼祭に向けての準備で、社内はてんやわんやの大騒ぎです。夕暮れ時、お孫さまの手を引いて来られるおじいさまやおばあさま。近隣の小学生や中学生。浴衣を着てこられるご家族さま。皆様が笑顔で会場に来られる景色が、今年こそ見られるものと思っておりました。皆様のお身体を鑑みれば、中止にすることは当たり前の判断と分かっておりますが、今年も皆様にお会いできないことが本当に本当に、寂しいのです。

 いつとお約束をすることは私どもにはできませんが、ワクチン接種など様々な対策により、この非常事態が終焉を迎え、大手を広げ皆様をお迎えできるようになりました暁には、いままでで一番楽しんでいただける「納涼祭」を開催したいと思います。それまで皆様、新しい生活様式を日常に、お元気でありますように心からお祈り申し上げます。

文責:納涼祭実行委員会


 最愛の姪が旅立ってから6年が過ぎました。今年七回忌を迎えます。6年という歳月が私たち家族それぞれにとってどんな日々だったのかと、ふと想うときがあります。私はこの国分寺通信の中で、彼女とたくさんの約束をしました。そのひとつ一つをちゃんと守れているかと自問自答する毎日です。

 三姉妹の真ん中だった彼女。姉妹には昨年のお正月に顔を合わせて以来、コロナ禍の影響で1年以上会うことができていませんが、姉は希望の大学へ進み、目指す未来へ向けて大学生生活を送っています。今年二十歳になったので、いつか一緒に飲みに行けるのが楽しみな伯父さんにとって眩いばかりの存在です。

 末っ子の妹は、中学3年生です。この末っ子が、今年の入学式で在校生代表として、新入生へ祝辞を述べたそうです。知り合いがスマホで撮影してくれたものを観ることが出来ました。その自信に満ち溢れた立ち振る舞い、新入生を力強く迎えたいという思いがこもった歓迎の挨拶に私は感動しっぱなしでした。コロナ禍の中での中学校生活に不安を感じているかもしれない新入生にとって、どんなに勇気を与えたことでしょう。聞けば、母親や姉にも相談して挨拶を考えたそうです。一緒に見ていた祖父母も久しぶりに見る孫の姿に感動して、ポロポロと涙をこぼしていました。三姉妹と赤ちゃんの時から共に過ごしてきたに祖父母とって、とても感慨深かったことでしょう。

 きっと二人の姉妹も彼女との約束を交わし、辛いこと、悲しいことも沢山あった6年の間、必死に守ることでこんなにも頼もしく成長したのだと思います。そしてこれからもその約束は守られ続けていくことと信じています。私もこの二人に負けてはいられません。
彼女と交わした約束は、この仕事が自分の大切な使命であると誓い、日々出会うお客様、故人様との約束でもあります。

 七回忌を迎え、私自身の更なる成長のため改めて誓います。

君を失ってからの自分の気持ちや想いを忘れずにお客様に寄り添います。
君に教わった生きる事の素晴らしさ、命の大切さをお客様に届けられる葬儀者になります。
いつも君の太陽のように明るい笑顔で頑張ります。

文責:永松英樹


 待ち合わせの時間に必ず遅刻してくる友人がいます。5分10分くらいなら構わないのですが、30分以上ともなるとやはり腹が立ちます。

 私は人を待たせることが嫌いなので、前日に「逆算作業」をすることで遅刻のリスクを減らしています。例えば12時に待ち合わせるのであれば、11時半の電車に乗らなければならない…そのために11時15分に家を出なければならない…そのために10時45分に身支度を始めなければならない…といった具合に。そこから余裕をもって起床時間を決めて、逆算した時間通りに動けば遅刻することはないと思うのですが、私が細かすぎるのでしょうか? 遊びの約束なら多少アバウトな時間でも構わないと思う人もいるかもしれませんが、平気で遅刻する癖がついていると、仕事上の約束など大切な場面にも影響が出てしまう気がします。

 井口葬儀店にも、お客様とのやりとりの上で「○○時頃に」「○○時前後に」など曖昧な時間設定をしないという決まり事があります。当たり前のことですが、例えば「明日10時15分に伺います」と言い切り、その時間ぴったりに訪問できるということは、お客様からの信頼を得ることの第一歩かと思います。

 仕事の上だけでなく、時間を厳守するということを私が日々意識している理由は、高校時代に遡るように思います。先生や先輩がやたらと「5分前行動をしなさい」とうるさく言う学校でした。私は律儀にも腕時計をつけ、いつも時間を確認しながら生活していました。今思えばずいぶん几帳面で真面目な生徒だったものだなぁとおかしくもなる話です。

 腕時計をする習慣は今も変わらず、家を出るとき左手首に腕時計がないと落ち着きません。今使っているものは亡くなった祖母が成人のお祝いに買ってくれたもので、10年以上愛用しています。今は腕時計がなくてもスマホを見れば時間はすぐにわかりますし、煩わしさから腕時計をしている人はもしかすると少ないかもしれません。ただ、私にとって腕時計は時間厳守のために必要なものであると同時にお守りのような大切な存在です。これから先の人生も、共に大事に歩んでいきたいと思っています。

文責:加藤 美希


 通勤途中で通る公園には朝からランニングやウォーキングに励む人が大勢います。
かく言う私も2年前から健康の為にと友人達とランニングを始めたにわかランナーでした。
もともと体を動かす事は好きで、体力にも自信がありましたが、始めた頃は10キロも走ると体力の限界を感じ「これ以上は絶対走れない」と思っていました。そもそも「いきなり10キロも走る初心者ランナーはいない」と友人達の笑いの種でした。しかし今では20キロ位なら難なく走れる体力と脚力がついてきました。

 帰宅後の時間で短い距離を全力に近い速さで走ったり、休日ともなれば長距離を2、3時間かけてじっくり走ったり、体調管理はもちろん膝などに負担がかからないように工夫しながら走っています。昨年秋にはハーフマラソン大会にも参加して40代半ばにしては上々の記録(1時間40分47秒)を残すこともできました。

 マラソンであっても仕事であっても、自分で限界を決めつけてしまうことは自身の成長を止めてしまいます。よく「石の上にも三年」とか「千里の道も一歩から」などと言いますが、僅かな時間、僅かな距離でもコツコツと地道に走り続けたことが今に至る走力に繋がっていると実感しています。

 今年は葬儀の仕事に携わるようになって6年目。会社から全面の御支援を頂き、9月には「1級葬祭ディレクター試験」を受けさせてもらう事になりました。試験には幕張りの実技試験もあり指定時間内で仕上げなければなりません。練習を始めた頃は指定時間の倍以上かかり「これは無理じゃないかな…」と思っていましたが、練習と先輩方のアドバイスのおかげか、時間内に仕上がる様になって来ました。今はまだ及第点レベルですが、それを限界と決めつけず「合格しました!」と報告出来るように地道に練習を続け行こうと思います。

文責:加藤 洋一

 令和3年4月4日に開催される予定の“ぶんじ花まつり”昨年より続く新型コロナウィルス感染拡大のために、残念ながら今年も中止となりました。お祭りの実行委員の方々も私たちも、参加してくださる地域の皆様とともに過ごす時間を楽しみにしていたので残念でなりません。

 10年前、3月11日に東日本大震災が起きてしまった年も中止になりました。
後から思えば、被災された地域の名産品を募って、その地域を応援し少しでも復興に役立ててもらおう、という考えもありましたが、あまりの未曾有の被害に戸惑いがあったように思います。震災からしばらくして、東北にゆかりのある方々もお祭りに参加してくれていましたが、今年もその方々にお会いすることができないのが寂しくてなりません。

 緊急事態宣言が解除されたとは言え、感染再拡大の恐れもあり、中止の判断もやむを得ません。皆様には新しい生活様式、うがいや手洗い、マスク着用にもうしばらく辛抱していただき、ワクチン接種が順調に進み、コロナ禍が1日でも早く終息し、来年こそ
“~春、こころとふれあうまち~ぶんじ花まつり”が開催されますよう心から願っております。

 満開の桜と暖かな陽だまりの中で、皆様の笑顔と出会える日を楽しみにしています。

文責:井口葬儀店花まつり実行委員会